【視察報告】英:PFI廃止と現在

PPP視察ツアー報告:2019年(英編)

2019年の視察先は、日本のPFI制度の参考にもなった英国。2018年秋に新規のPFI廃止を宣言した。その一方で、ウェールズやスコットランドではPPPモデルがそれぞれに進化していた。

英国のPFIやPPPの現状とこれからを探るのが今回の目的だった。行財政運営のいたるところで公共サービス効果の定量化(金銭価値化)と「成果連動」の仕組みが取り入れられていることが印象的だった。

1日目/10年目を迎えたSIBと民間企業のMaaSへのアプローチ

視察の初日は早朝にロンドンに着いて午前中から取材という強行軍だ。

デジタル・文化・メディア・スポーツ省のソーシャルインパクトボンド(SIB)は、英国で2008年に考案された。公共サービスがもたらすアウトカムに着目することで、行政の縦割を打破し、複合的な社会課題を解決することが目的だ。

PFI導入期に考案されたバリューフォーマネー(VFM)、その後のベストバリューという概念が、単なるPFI導入検討時の計算式としてではなく、自治体ごとの費用対効果の評価、公共サービスがもたらす社会的効果の定量化へとつながった。こういった基盤があってこそ、payment by result(PBR、成果連動支払い)の考えが生まれ、SIBに昇華している。

SIB導入事例では、ホームレス支援や元受刑者の社会復帰等で成果を上げている。ただし、導入の検討手順などが従来型の事業とは異なることから、政府からの補助金等があっても自治体での広まりは限定的だ。今後の課題は普及を進めて公共サービスの効果のエビデンスを集め、「主流化」していくことだという。

午後に訪問したMasabiは、Mobility as a Service(MaaS)事業者として公共交通料金の支払いアプリ等を提供している企業だ。同社が目指すMaaSは、利用者が料金の支払いのことを気にせずに自由に交通手段を選んで目的地に到達できるようにするという引き算の思想だ。

異業種のサービスを組み合わせて付加価値化しようとする日本のMaaSとは異なるアプローチが印象的だった。

また、利用者のビッグデータの活用の考え方にも大きな違いがあった。ここでもアウトカム重視の契約がMaaSに繋がっているという話を興味深く聞いた。

2日目/Infrastructure Projects Authority

「先進国のPPPユニットはインフラ開発ユニットに変化していくべき」というのが、PFI/PF2を所管するInfrastructure Projects Authority(IPA)の言い分だ。

英国のPFIは、民間資金の導入によって公共事業のガバナンスを向上させるのが当初の目的であった。PFIに伴って導入されたプロジェクト準備手順の標準化によって工事の遅延等は改善し、その効果はPFI以外のインフラ投資にも広まった。

現在はインフラを伴わない主要な事業にこの効果を波及させようとしている段階なのだという。また、インフラシステムの価値最大化などにも取り組み始めている。

IPAの目的はPFIの導入からインフラ・公共サービスの改善へと舵を切っている。ただ、皆口々に民間投資の必要性、オフバランス化の必要性を訴えており、数年すればPFIに代わる新しい手法が導入されるだろうとの見解は共通していた。財務省や前日訪れたDCMS省が入居するビルもPFIで改修・運営がされている。

改修中のウェストミンスター宮殿とビッグベン。Brexit、PFI廃止でインフラ投資のバンカーの国外流出を防ぐためにも積極的な投資が必要

3日目/社会的価値創出の仕組み

IPAは、英国内ではインフラ整備がある程度進展したと主張するが、イングランドを出るとこの見方は異なるようだ。

ウェールズはMutual Investment Model(MIM)と呼ばれるPPP手法を2017年に導入した。これは、官民が共同出資会社を立ち上げて長期の枠組合意に基づいて事業を実施する仕組みで、スコットランドのPPP手法を参考に生まれた手法だ。

長期の枠組合意で計画段階から民間事業者のノウハウ導入を可能としている。さらに、MIMでは、入札段階で社事業のなかで達成すべき社会経済的なアウトカム目標(コミュニティベネフィット)とその「金額」を提案させ、事業期間中に未達があった場合には提案金額に応じてアベイラビリティペイメントの減額を行う仕組みを導入しているのが特徴だ。

午後には、ウェールズ第二の都市スウォンジーのBIDを訪問。同BIDは、町の美化、治安改善、ナイトタイムエコノミーの活性化などに取り組んでおり、分担金の徴収率も高く国内で最も成功したBIDの一つとされているという。

地元の大学とBIDが空き店舗を借りて行っている起業支援の場が、BIDへの理解促進や学生の地域活動への参加、卒業生の定着にもつながっている。英国内ではBIDの存在感が高まり、産業界の声として認められるようになってきているという。

BIDと大学が空き店舗を利用して行っているインキュベーション施設。この日は、卒業生の個展が開かれていた

4日目/第二世代のPFIと成果連動型まちづくり資金

Scottish Futures Trust(SFT)はスコットランド政府が設置した公社で、PPPの政策立案やインフラプロジェクトの実行支援等を行っている。スコットランドは、中央政府からのインフラ予算割り当てが十分でないとして積極的にPFIを進めてきており、独立機運の高まりで必要性はますます強まっている。

ウェールズのMIMのモデルとなったNon profit distribution model(NPD)とHubというPPP手法を導入した。大規模施設を対象とするNPDは、PFI事業者の利益に上限を設定したり、取締役会に監督者を派遣したりして公共の関与を強めた仕組みだ。利益に上限をはめたことによって事業者とリスク分担について腹を割って話すことができるようになったという話が印象的だった。

一方のHubは小規模施設の実行支援をするための仕組みで、事業者と長期の枠組合意を結んで官民共同出資のHub会社を立ち上げ、施設の計画づくりや調達支援等を行う。特徴的なのは、施設整備を希望する発注者に対して、Hub会社が他の発注者との施設共用や共同での整備を提案することができる点だ。

スコットランドを大きく5分割してHubを立ち上げることで、広域連携が進めやすい。大手企業と地域の中小企業のすみわけもされており、日本での公共施設マネジメント、施設統廃合等のヒントになると感じた。

また、SFTはPFI型のPPPだけでなく、まちづくりの資金調達などの仕組みとしてTax Increment Financing(TIF)やGrowth Accelerator model(GAM)という仕組みも導入している。これらの仕組みは、いずれも自治体に事業の成果に責任を持たせるもので興味深い。

午後には、GAM適用第1号のエジンバラSt. Jamesの建設地を訪問した。GAMはインフラ整備の交付金に成果連動を取り入れた仕組みだ。

市の中心部のさびれた商業施設の周辺で都市再生を促進するための公的インフラを民間事業者が自治体に代わって整備し、完了後、自治体から支払いを受ける。自治体は、当該GAMで設定された複数の数値目標を満たせば、25年間にわたって中央政府から整備にかかった費用を交付金として得られる。

まちづくりへの成果連動型支払いの導入は、インフラ整備で期待していた効果が得られなかった場合に整備主体の自治体がリスクを負うことになるため、楽観的な需要予測や不必要な施設、地域の実情に合わない大規模な施設整備などが抑制されることが期待される。開発を行っているNuveen社も金融危機後に撤退を検討したが、GAMによるインフラ整備が開発の魅力向上につながると考え、踏みとどまったのだという。

早朝にカーディフからエジンバラへ移動(赤いドラゴンのしっぽ?につかまっているのが筆者)

5日目/クロイドン、鹿島ヨーロッパ

空き時間となった午前中には、Local Asset Backed Vehicle(LABV)の事例として日本でもよく紹介されるクロイドンを訪れた。公共が公有地等を現物出資、民間が同額の出資をして開発のための会社(LABV)を設置して開発益を得る手法だ。

クロイドンはLABVの開発益で市庁舎等を無償で手に入れることができたとされているが、クロイドンLABVは既に解散、市役所整備に市が債券発行をしたとの報道もあり、実態は不明であった。

ただ、ロンドン市中心部からほど近いクロイドンは、駅を降り立つと大規模開発が複数進行中で、LABVの開発がこの呼び水となったのは確かだろう。隣接地でオフィスビルのマンションへのコンバージョンを進めているデベロッパーによると、住宅不足が深刻なロンドンでは、オフィスや工業ビルの住宅転用規制が緩和され、こういったプロジェクトが急増しているのだという。

鹿島ヨーロッパ社は、PPP/PFI市場でも豊富な実績を持つ。PPP事業では建設、設計等は行わず、あくまでも投資家として参画している。イングランドでは新規PFIの廃止が表明されたが、北アイルランドの市場開拓にも成功し、当面は新市場の開拓、拡大に取り組むという。また、運営を行っているPFI施設と利用者のマッチング事業等、既存事業での収益拡大にも取り組んでいる。

滞在最終日の翌日は、エリザベス女王オリンピックパークを散策。五輪メーン競技場は、建設前に五輪後99年間のコンセッション契約をプロサッカーチームと結んでいる。公園周辺は、政府機関、大学やスミソニアン博物館、バレエ団の誘致が進み、住宅の供給も続き、荒廃した工業地区を五輪のレガシーで再生するという構想は着実に進んでいるようだった。


4期生 難波 悠

東洋大学経済学研究科公民連携専攻 教授

(この原稿は執筆者の責任下で書かれたものであり、東洋大学公民連携専攻や東洋大学PPP研究センター、執筆者の所属組織を代表する意見・意向ではありません)