「対話を通じた事業創造」が新たなPPP実現の鍵となる

民間企業の社会貢献とビジネスを両立するCSVの観点から

はじめに

PPP(PPP:Public-Private Partnership)の推進に際して、公共体が求める課題解決と、民間企業が提供するソリューションがマッチングするか、ということが課題になることは少なくありません。特に、民間の先進的なソリューションは魅力的だが地方公共団体での採用実績がないため類似業務実績を根拠とした予算要求が難しいという場合、財源が厳しいので企業のCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)を行政サービス向上に取り込みたいという場合には、公共体と民間が共に事業を創り上げていく発想が求められます。
そこで、本稿ではCSV(Creating Shared Value、共有価値創造)に注目し、公共体と民間企業が連携して新たな事業を創り上げていくPPPについて考えてみたいと思います。

CSV(Creating Shared Value、共有価値創造)とは

はじめに、CSV(Creating Shared Value、共有価値創造)について、簡単に説明しておきます。CSVは、ハーバード大学の教授であり、企業の競争戦略論で知られるマイケル・E・ポーターなどにより、2011年にCSR(企業の社会的責任)に代わる新しい概念として提唱されたものであり、本業で社会的課題を解決することにより、経済価値と社会価値を同時に創造しようとするビジネス戦略のことを指します。

日本社会においては、近江商人の経営哲学のひとつとして「三方よし」(商売において売り手と買い手が満足するのは当然のことであり、社会に貢献できてこそよい商売だと言えるという考え方)が広く知られているところでもありますので、商業の倫理や道徳の一環として社会性に対する意識が一定程度存在していたと考えることができます。

実際の企業の例として、世界的な食品大手ネスレ(Nestle)社の例を見てみましょう。図表1は、ネスレ社のCSRに関するウェブサイトに掲載されているCSVの位置づけについての図です。三角形の一番下には「Compliance(法令順守)」が位置づけられており、必ず守るべきものとして示されており、その上に「Sustainability(持続可能性)」が環境保護等を念頭に整理されています。CSVはそれらの積み重ねの上に、自社のビジネスを通じて栄養状態の改善や農村開発を達成することを掲げています。

図表1 ネスレ社におけるCSVの位置づけ(出所:ネスレ社ウェブサイト)

行政がCSVを取り込む動き

現在の政府・地方政府(地方自治体等)は、これまで積み重なってきた公的債務の増加、今後確実視されている高齢社会の深化による社会保障費の増加、そして財政を支える税を負担する能力(担税力)の減少に繋がる急速な人口減少が確実視される大変厳しい状況におかれています。

そこで、自助・共助・公助における「共助」(コミュニティによる支えあい)や、社会的課題の解決をビジネスとして取り組む「ソーシャル・ビジネス(社会的企業)」と共に、本業で社会的課題を解決することにより経済価値と社会価値を同時に創造しようとするビジネス戦略である「CSV」による企業活動を行政活動に取り込むことが一部の先進自治体によって模索されてきました。

民間企業から行政への連携提案を募集し、それが行政にとってメリットがあるものであるならば、社会的課題が政府の負担とならずに(あるいは、政府の負担を軽減して)解決することに繋がるので連携しましょうという考え方です。

CSVと行政の連携事例(宅配運送事業者による高齢者見守り活動)

ここで、一つ事例をご紹介したいと思います。

ヤマト運輸株式会社は、本業を活かして、地方自治体と連携しながら地域における社会的課題を解決する取組を進めています。全国に6万人以上いる地域に精通したセールスドライバーが地域の声を聞き、企業がもつ事業のノウハウ、インフラを活かした様々なCSVの事業を生み出しています。

その一例として取り組んでいるのが、黒石市(青森県)と連携した独居高齢者の見守り支援事業です。この事業は、月1回黒石市が発行する刊行物をヤマト運輸が独居高齢者に届けるもので、ヤマト運輸側は受取情報(本人手渡し、不在等)を市に伝え、市は連絡が取れない人について民生委員に訪問を要請するものです。黒石市は孤独死が多いという地域課題を抱えておりそれを解決するための事業となっています。

宅配会社を介さず市が直接行う場合(市職員や民生委員等が訪問する場合)と比較してみましょう。

全て市が行うとすれば、担当職員が業務に要する時間をどうするかと言おう問題が生じます。公務員は長年続いた行政改革の影響で減っておりますが、地方分権や規制緩和、地域課題への対応を背景に増加していますので、必要と分かっていても職員を新たに採用することは現実的には困難です。地域と連携で解決することも簡単ではありません。民生委員やボランティア団体と連携することで代替することも可能ですが、担当する地域と人員、謝金負担等の調整が難航することが予想されるのは想像に難くありません。

このような「非金銭的なコスト」を含めて考えれば、宅配会社と連携することにより、市が直接行う場合も大幅に節減して、独居高齢者の見守りという福祉サービスを実現できていると評価することができます。

図表2 高齢者見守りの仕組み(出所:ヤマトホールディングスウェブサイト)

対話を通じて事業を作り上げていく仕組みがより一層求められる

前節で紹介した事例は、行政からの支援があることが大変重要な成功要因であると考えています。もし仮に、行政からの支援がなかったならばどうなってしまうでしょうか。

対象となる独居高齢者は、偶然荷物を配達(及び集荷)した高齢者に限られてしまいます。そうなると、企業が自ら行う社会貢献(CSR、企業の社会的責任)としては望ましい取組となりますが、この限りで行政と連携しても、行政組織の取組として求められる網羅性や公平性の確保という点では課題が残るものとなってしまいます。

つまり、「企業のCSVで発案したものについて、自らの経営資源(ヒト、モノ、カネ等)のみでは実施できないものについて、どのような行政からの支援があれば実施可能なのか検討する仕組み」を整備することが求められます。

行政は公共サービスに対する需要の増加・多様化の中で財源に限りがあるので、民間に「あれも」「これも」と求めがちです。しかし、民間にできることには限りがありますし、CSRやCSVを行政の都合で求めることもできません。なので、企業のCSRやCSVとの連携を目指すならば、対話を通じて事業を作り上げていく仕組み(組織、ルール等)を整えて、数ある自治体の中から自分の自治体を選んで相談・提案しやすくすることが望まれます。

こうした対応を行う組織の例として、横浜市の「共創フロント」、大阪府の「公民戦略連携デスク」の事例が知られていますが、他の地方公共団体においても同様の民間提案窓口が設けられてきています。

本稿冒頭で申し上げましたように、民間の先進的なソリューションは魅力的だが地方公共団体での採用実績がないため類似業務実績を根拠とした予算要求が難しいという場合、財源が厳しいので企業のCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)を行政サービス向上に取り込みたいが協議が円滑に進まないという悩みは、官民ともに抱えている課題です。

官と民が互いの行動原理を理解・尊重し、CSVの考え方を取り入れて公共体と民間が共に事業を創り上げて仕組み(プロセス)の中で、PPPを捉えていくことがより一層求められるものです。

参考文献
藤木秀明[2018] 「地方自治体におけるPPP(公民連携)とCSV(共有価値の創造)の関係についての一考察」(『東洋大学PPP研究センター紀要』第8号e0807)
ネスレ日本ウェブサイト 「共通価値の創造」
ヤマトホールディングスウェブサイト「CSVへの取り組み」
ヤマトグループCSR報告書2014
横浜市 共創推進室ウェブサイト
大阪府 公民戦略連携デスクウェブサイト


3期生 藤木 秀明
東洋大学客員教授(公民連携専攻では「PPPビジネスⅠ(PPPケーススタディ)」及び「地域金融論」の講義を担当)
千葉県出身。日本初の公民連携(PPP)専門の大学院である東洋大学大学院経済学研究科公民連携専攻を修了し、2019年4月より現職。銀行員、銀行系シンクタンク、官庁職員、大学での教育・研究と社会を構成する様々なセクターでの経験を通じて、公民連携(PPP)を実践するとともに、持続可能な社会を実現するための活用の在り方について研究している。2019年6月より国土交通省PPPサポーター。

(この原稿は執筆者の責任下で書かれたものであり、東洋大学公民連携専攻や東洋大学PPP研究センター、執筆者の所属組織を代表する意見・意向ではありません)