水道法改正の最大の意義は“情報”

東洋大学経済学研究科、根本祐二教授に聞く

2018年12月、改正水道法が成立した。改正のポイントはいくつかあるが、とりわけコンセッションに関わる条項については「水道の“民営化”で料金が上がる」「水質が悪化する」など反対意見が根強い。法改正は水道事業の持続可能性につながるのか。公共事業の公民連携や公共インフラの老朽化問題に詳しく、内閣府PFI推進委員会委員でもある東洋大学経済学部の根本祐二教授に聞いた。

東洋大学経済学部 根本祐二教授

値上げ合意のためのデータ構築を

――今回の法改正は“改悪”だったのか。改正の意義は。

「現在の水道台帳は情報が不十分であり、これからどれくらいの費用が必要なのか、それを料金で回収できるのか、できない時にどうすればよいかを考えることができなかった。適切な維持管理費は料金に見込んでおらず、結果として適切な維持管理ができていない。

これまで大きな問題にならなかったが、水道管の破損による断水は各地で起こっている。施設はますます老朽化するので、これまで維持管理してこなかった分、事故のリスクは高まる。過去にすべきだった修繕も行い、早めに更新していくとなると、料金値上げは避けられない。

値上げの妥当性を説明するには、数値データがいる。そのために今回の法改正では、台帳整備、将来の更新投資の計測と公表が義務付けられた。その意義は大きい」

――値上げは避けられないか。

「水道事業を持続させるには料金値上げは必須だ。その上げ幅を少なく済ませる方法として、改正法には広域連携と公民連携の2つの手法が盛り込まれた。

ただし、水道がネットワークインフラである以上、2つの浄水場を広域連携させたとしても、2つの学校を1校に統廃合するほどの劇的なコスト削減の効果はない。公民連携にしても、すでに水道の維持管理や運営は民間への業務委託が進んでおり、民間ノウハウがそれなりに入っているので、劇的な効果は期待できそうにない。

水道を持続させるうえでこれら2つは補助的な手法であり、やはり値上げの効果が大きい。値上げの合意形成を得るための情報を作ること、これが法改正の最大のポイントだ」

ペットボトル水が安心なら、民が作る水道水も安心

――法改正には反対意見が多い。値上げにつながるとの意見については。

「法改正が行われなければデータ開示が遅れ、水道事業の赤字はさらに増える。それは税金で賄うしかない。

水道は普及率がほぼ100%なので、必要コストを料金でとっても税金でとっても本質的には変わらないが、水道事業が原則とする受益者負担は使った量に課金する制度だ。

それが正しいならば、税金の補てんは間違っている。10倍も20倍も値上がりする話ではないので、国民は許容しないといけない」

――「法改正によって水道が“民営化”されると飲み水の安全性が失われる」との反対意見については。

「複数のメディアの方や反対派の方とも話をしたが、何条の何項に反対なのかを答えられた人はいない。条文を読んでいないからだ。とにかく『民間に水道を任せられない』から反対すると言う。

しかし、民間に任せるという条項や民営化するという条項は含まれておらず、あくまでもコンセッションだ。

コンセッションは2011年のPFI法の改正ですでに規定され、水道事業にも適用できるようになっていた。ただし、水道事業者が管理者の権限を放棄しないといけないという課題があった。

市町村が施設を所有し、民間が運営し、管理者が不在となる。これでは不安定だ。空港コンセッションなどはそうなっているが、水道では法的に位置付けられた管理者の責任は重く、無視できない。そこで、市町村が管理者としての立場を維持したままコンセッションできるようにした。

つまり、公民連携に関する条項は、反対派の懸念を払しょくするためのものだ。それに反対が出ることは想定していなかった。きちんと説明すると、反対派の方も納得してくれる。

それでもコンセッションに反対する人はいる。水道を民間が運営することが心配だと言う。

しかし、そう言う人もペットボトル飲料は飲むし、フランスから輸入されたペットボトル水『エビアン』も飲む。それは民間が作ったものだ。なぜ心配しないのかと言うと、衛生基準をクリアしているからだ。

病気になった時、民間病院にも行くだろう。医師免許という裏付けがあるからだ。弁護士は基本的にみな民間人だ。つまり、官だから安心で、民だから不安なのではない。

水道水も同じことで、だれが作ったかではなく、水質基準をクリアしていたり、製造者の能力の裏付けがあれば安心できるはずだ。民間は基準を守らないとビジネスができないので、自ら質を劣化させる行動はしない。市販の飲み物を官が供給しているわけではないのと同じく心配する必要はない」

民間参入の前提はデータと料金改定
民活で予防保全型の維持管理へ

――民間がコンセッションで運営すると、水道事業の経営が不透明になるとの指摘がある。

「法改正で情報開示が管理者の義務になったので、それは運営権者である民間にも適用される。不安があれば民間に開示義務を課せばいい。

儲けすぎるとの指摘もあるが、適正利潤は考えないといけない。電力、ガス、鉄道には公共料金として認可するプロセスがある。同じように公共料金として判断できるような制度設計をすればいい。電気などの公的サービスは民間が提供できているのに、水道だけできないことはない」

――民間に災害への対応力はあるか。

「官の災害対応は事後保全だ。被災したり、壊れてから、予備費や特別交付税で対応する。増税も可能で、それがソフトバジェット(緩い予算制約)を生む。それでも自然災害は局所的かつ一定の確率でしか起こらないので、国による対応は可能だ。

一方、老朽化は全国レベルで同時進行しており、国は面倒を見切れない。各事業体でやるしかない。

ただし老朽化は自然災害とは違って完全に予想可能であり、事故が起こらないよう事前に対応する予防保全ができる。事後保全型より費用対効果を高くすることはできる。それができるのは民だ。

民は復旧費として交付税がもらえるわけではなく、サービスが止まれば利益があがらず事業が持続しない。そうならないよう予防保全するのが民の力だ」

――課題は。

「水道コンセッションに手をあげる民間はいるのか。どこに配管が埋まっていて、いつ修繕したかも分からない現状では、リスクが高すぎて民間は容易には参入できないだろう。まずは官がデータを完備し、適切な水準まで料金を値上げをしたうえで、民間に渡す必要がある。

民がやると料金が上がるという声もあるが、それは間違い。官がやっても料金は上げないと持続できない。値上げした状態で民が引き取り、民の努力で値下げをしていく。値上げのリスクまで民は負えない」

技術のブレークスルーで“量”の削減を

――上下水道サービスを持続させるうえで、インフラの量を減らすことも必要だ。

「公共施設(ハコモノ)の場合、ハコには公共性が無く、そこで提供されるサービスに公共性がある。集会場が無くても集会はできる。例えば学校にすべての公共機能を統合して他の公共施設を無くしても、サービスレベルはそれなりに維持できるし、劇的に維持コストを安くできる。

しかし、土木インフラはモノそのものに公共性があるので、モノが無くなったらクオリティが下がる。上下水道、道路、橋梁すべての維持に必要な年間コストは4.6兆円と見積もっているが、これを減らすには量を減らさないといけない。だが、非常に難しい。

下水道の場合、人口密度の高いところは公共下水道、低いところは浄化槽という具合に役割分担することで、量を減らすことはできる。ただし、社会全体のコストは大幅に減るわけではない。下水道も使用料の値上げは必要だ。

ところが、水道には、浄化槽のようにネットワークインフラに依存しない分散型の形態が存在しない。分散型の可能性として地下水専用水道と給水車があるが、地下水専用水道はスケールが必要でリゾートホテルや病院などには可能だが、限界集落には適用できないだろう。

給水車にしても、少人数の集落に適用している実例では1人当たりの原価が非常に高く、一般化するのは現実的ではない。

となると受益者負担で料金の大幅値上げしかない。水を安価に運ぶ技術などのブレークスルーが待たれる」


根本祐二

東洋大学経済学部 教授

 

5期生 奥田 早希子(執筆)

一般社団法人Water-n 代表理事、フリーライター・編集者
活動分野は水インフラ
Webジャーナル「Mizu Design」運営
水を還すヒト・コト・モノマガジン「Water-n」発行
下水道広報プラットホーム企画運営委員、環境新聞契約記者など