【視察報告】豪:課題は多いが淡々とPPPを推進

PPP視察ツアー報告:2018年(豪編)

2018年にオーストラリアを視察した当時、欧州ではPPPに対する逆風が吹いていたこともあり、元々英国のPFIの影響を受けているオーストラリアのPPPの現状を知ることが目的であった。同国のPPPでは、金融危機前後にプロジェクトの破綻が相次ぎ課題も露見したが、その後もプロジェクトは進められている。同国のインフラ開発では、準備段階で資金調達手法、契約手法、資金回収手法等をそれぞれ区別して検討しており、PPPは契約の一手法として淡々とその適用可否が検討されている様子が興味深かった。

1日目/ヴィクトリア州首相局、公共事業の付加価値創出

ヴィクトリア州首相局訪問の目的は、前年に導入されたValue Creation and Capture(VCC)の話を聞くことだ。

VCCは、開発等を行う際にValue Creation(新しい付加価値の創造)とValue Capture(創出された価値の回収方法)の二つの要素を検討、実行するための仕組みだ。開発による直接的な経済効果や広範な経済波及効果(WEBs)、環境面等のその他の価値について評価の枠組みを構築することを目指しているという。

Captureについては政府として枠組みを定める一方で、Creationは民間から広く提案を受ける。例えば、子供病院に水槽や動物の展示施設を設ける、公共施設のごみ処理やゼロエネルギー化を図る等だ。

提案を求める分野の指定と、スコープクリープ(要求の肥大化)防止に注意しながら、戦略的なプロジェクトや影響の大きいプロジェクトなどに適用していくという。豪州の政府機関は事前の資金調達(finance)とプロジェクト実施後の資金回収(funding)を区別し、それぞれ検討を行っていることから、こういった考え方もなじみやすいのであろう。

市内中心部にあるヴィクトリア州立図書館では、公共空間の拡充、デジタル化による多様なプログラムの提供等に向け、大規模な改修工事が行われていた

2日目/PartnershipsVictoria

オーストラリアのPPPは各州がボトムアップで始まり連邦に広がったもので、2000年にその先陣を切ったのがヴィクトリア州だ。PartnershipsVictoriaは30年のインフラ計画や4年間の整備計画も担当しており、公共投資の見通しを公表することで民間企業が人材への投資をしやすい環境づくりをしている。

PPPの適用は主に高付加価値、高リスクのプロジェクトに多い。PPPはあくまでも公共調達手法の一選択肢という位置づけで、資金調達や改修、運営方法はそれぞれ適切なものを検討する。

導入から15年以上経過したことで、直面している課題は契約の終了案件や契約途中での拡張のための見直し、金融危機後の短期借り入れの借り換え交渉などに時間をかけているという。

中小企業の参画拡大にも熱心で、地方道のプロジェクトの拡大や二段階審査で最終審査に3社以上が残った場合に落札できなかった企業へ提案作成時の外部費用の最大半額を支払う取り組みなどを進めているとのことだった。地方道のプロジェクトでは、広範囲の維持管理コンセッションなども実施している。

午後には、PPPの王立婦人病院とメルボルンコンベンション&エキシビジョンセンター(MCEC)を視察した。女性病院は、他の4つの病院(うち3つはPPP)と隣接しているが、開業時期も事業者も異なり、事業者間の連携等はできていないようであった。

MCECは、PPP契約の途中で拡張を行った事例の1つで、2009年に大規模展示場が開業していた。これに、中小規模の会議施設等を追加された。訪問時は拡張工事の完了から1か月だった。拡張はプレナリー社の提案で始まったが、州が既存の契約の追加とするか、新規契約とするかを検討し、プレナリー社と拡張の覚書を結び、新たに建設会社等を選定する方式がとられたという。こういった検討の内容や手順がすべて公開されているのもオーストラリアのPPPの特徴と言える。

MCECの拡張部分。拡張事業に付随してホテルや立体駐車場も整備された

3日目/Infrastructure Australia、Global Infrastructure Hub

Infrastructure Australiaは、インフラの質が悪く整備のガバナンスが不足しているという問題意識から設置された中央政府の外部機関で、インフラ投資の長期計画策定や意思決定、ビジネスケース作成支援と州が政府に予算を申請するインフラプロジェクトの審査を行っている。エビデンスベースのインフラ評価手法を構築しており、それにより妥当性等を判断する。

同国のインフラ開発には年金基金などの資金が流入するため資金調達面では課題は少ないものの、近年は整備費用が高いインフラも増え、十分な税や利用料金の徴収など資金回収面が課題となることが懸念されているという。

Global Infrastructure Hub(GIH)は、G20 の決定で2014年に設置された機関で、各国の政府関係者へのPPP知識を提供したり、投資家へ投資環境に関する情報を提供したりすることを目指している。これまでにインフラの概況や規制や政策変更等の必要性をまとめた。

PPPに関しては、政府など向けにリスク分担、契約管理、包摂的開発、プロジェクト準備などに関する各種ツールを作成している。

Infrastructure Australiaにて(前列左から2番目が筆者)

4日目/NSW州Social Impact Investmentオフィス、Sydney Olympic Park

世界で最も成功しているSocial Impact Bond(SIB)とも言われるNewpin Social Benefit Bondを担当しているNSW州のOffice of Social Impact Investmentへ。

同オフィスはSIBや成果報酬型の補助金等を担当している。家庭の問題で親元から保護されている子供を家庭に戻す支援等を行うNewpinは、元々設定された目標を大きく上回る成果を上げ、投資家に対しても10%以上のリターンを達成している。

今後の拡大を期待してレートカード(社会的効果の標準的な価格付け)作成を進めているのに加え、新しいプロジェクトの設計にあたり、サービスの利用者(アボリジニ世帯等)と一緒になって望ましいサービスのあり方を検討する場などを設けているという。

2000年の五輪会場となったシドニーオリンピック公園では、公社が管理する公園地区の中にコンセッション契約のメーンスタジアムが建っていたが、NSW州はコンセッション契約を解除して公営化し大規模改修することを決めた。

これは、コンセッション契約に「競合条項」が含まれており、NSW州が検討している中規模スタジアムの新設をするためには事業者に補償金を支払う必要があることが理由の一つであった。

中央シドニー地区は人口が急増している地域の一つで、公社は供給をコントロールしながら住宅やオフィスビルの開発を進めている。スポーツや健康産業を中心としたインキュベーションも行われていた。

コンセッション契約の扱いを巡る政治的判断の是非は別として、五輪のレガシーが新しい都市開発に結び付いていた。

シドニーハーバーブリッジとオペラハウス。橋の混雑緩和のために整備された海底トンネルは、橋の通行料を建設資金に充てている

5日目/NSW州産業局西シドニー開発担当

人口の増加、不動産の高騰が進むシドニー近郊では、比較的開発が遅れている西シドニー地区で新しい空港を核とした新しい街の建設計画が進んでいる。高付加価値の農産物の輸出、LCCの乗り入れ、医薬産業の開発などが構想されており、シドニーまでを結ぶ鉄道や町の開発に民間の参画も必要とされている。

日本企業への期待も高く、特に統合的なパッケージ化されたインフラ開発への期待が高い。例えば、鉄道の線路、車両、運用を従来型で行うのではなく、駅開発なども含めて統合的に行うことができるのが日本企業にしかできない強みとして、民間提案を期待する声もあった。


4期生 難波 悠

経済学研究科公民連携専攻 教授

(この原稿は執筆者の責任下で書かれたものであり、東洋大学公民連携専攻や東洋大学PPP研究センター、執筆者の所属組織を代表する意見・意向ではありません)